私達の体では多くの微生物が生活しており、その数は1000兆個にもおよぶと推測されています。私達の体で共生する微生物を常在菌・常在微生物と呼ぶのですが、私達の体を作る細胞の数は37兆個と言われていますので、体をバラバラにすると微生物の方が多い計算になります。
口の中にも多くの微生物が住んでおり、よく知られている腸内の微生物叢(びせいぶつそう)に次いで複雑な微生物叢を持っていると言われています。
口腔内の微生物について
微生物について
微生物とは肉眼では見えないような小さな生き物全般をさしています。微生物のなかには真核生物(核膜がある)や、原核生物(核膜がない)や、ウイルス(細胞がない)が含まれています。また、微生物叢(びせいぶつそう)とは微生物の集団全体をさしています。 近年ではマイクロバイオームという言葉も出現しました。マイクロバイオームとは微生物叢やその遺伝子情報を指しており、2007年にヒトマイクロバイオームプロジェクトがアメリカ国立衛生研究所(NIH)で開始されました。 口の中の常在菌ですが、私たちに無害の菌もいますし、病気を引き起こす悪玉菌もいます。また、普段は体に影響しないけれど増殖すると悪玉になる日和見菌と呼ばれる菌もいて、これらの微生物の量やバランスが適正に保たれ、私たちの健康も維持できています。 口の中で細菌ですが、バイオフィルムというものを形成します。歯の表面に細菌の塊ができ、虫歯や歯周病の原因になると考えられています。
口腔内の微生物叢(びせいぶつそう)
生後0〜6カ月程は出産や授乳等の影響を受けると言われ、 Streptococcus sp. Staphylococcus sp. Fusobacterium sp. Gemella sp. Granulicatella sp. Haemophilus sp. Rothia sp. が見られます。
その後、乳歯や食べ物の変化により微生物叢も変化していき、乳歯から永久歯への生え変わりや加齢、環境の変化等、生涯を通じて変化します。人の口腔内の微生物は個人間によって異なりますが、 Actinobacteria, Bacteroidetes, Proteobacteria, Fusobacteria, Streptococcus等が存在しているとの報告があります。
口の表面はこのような常在微生物で占められており、外部から病原性の微生物が粘膜に付着するのを防ぐ役割をしています。
また、口腔内微生物叢は循環器の機能に関係しています。口から接種された硝酸塩の約25%は腸唾液循環を介して口に戻ってきます。口腔内微生物は硝酸塩を亜硝酸塩に変換し、さらに胃の消化吸収によって血中に移動し一酸化窒素に変化します。一酸化窒素は血管拡張作用や降圧作用があり健康維持に重要な働きをします。亜硝酸は抗菌作用をもち、虫歯などを抑制する可能性があります。一部の微生物はアルカリ性の物質を生成し、虫歯によって酸性になる口腔内を中和しています。
口腔内で微生物が常在している場所ですが、歯の周りだけでなく粘膜の軟らかい部分にもコロニーを形成していると言われています。口蓋、扁桃腺、舌、頬粘膜、歯肉、歯に微生物が生育しています。健康な口腔内で多く見られる細菌は、次のような種類です。
Streptococcus, Leptotrichia, Eikenella, Granulicatella, Actinomyces, Fusobacterium, Corynebacterium, Rothia, Porphyromonas, Prevotella, Haemophilus, Treponema, Neisseria, Capnocytophaga, Lactobacterium, Veillonella, Peptostreptococcus, Gamella, Staphylococcus, Eubacteria, Propionibacterium
ですが、健康な口腔は微生物叢に依存しており、このバランスが崩れると病気が発生すると考えられています。
バイオフィルム
口腔内、特に歯のエナメル表面で微生物はバイオフィルムを形成します。バイオフィルムで見られる微生物は700種類に及ぶと言われ、100~200種は健康な口腔内でも見られます。バイオフィルムには、微生物、核酸、タンパク質、多糖類、脂質が含まれています。微生物はバイオフィルムを形成することで、口腔内のpH変化や環境変化や抗菌剤等のストレスから逃れていると考えられています。
バイオフィルムの形成の初期は歯の表面にペリクルと呼ばれるたんぱく質が付着し、グラム陽性の好気性細菌であるActinomyces やStreptococcus などがペリクルに付着しコロニーを形成します。歯を洗浄しても2時間ほどでペリクルに覆われ、徐々に Veillonella, Capnocytophaga, Porphyromonas, Prevotella, Fusbobacterium などの嫌気性細菌が増えていきます。グラム陰性の嫌気性細菌である Fusobacterium nucleatum はバイオフィルムで他の細菌と共凝集することで知られています。
バイオフィルム形成の後期で見られ細菌は、
Porphyromonas gingivalis, Aggregatibacter actinomycetemcomitans, Prevotella intermedia, Eubacterium, Tannerella forsythia, Selenomonas flueggei, Treponema denticola
などです。
バイオフィルム内では細菌同士で競合し栄養素を補ったりしてお互いに助け合っています。発達したバイオフィルムにはマトリックスによって凝集力や接着力があります。歯の表面のバイオフィルムは虫歯を、歯肉のバイオフィルムは歯周病の原因になると考えられています。
歯周病のために抜歯した歯の表面の歯肉縁下の歯垢の走査型電子顕微鏡写真
画像出典:pmc|articles|PMC9413593|The dental plaque biofilm matrix|NIH
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9413593/figure/F2/
口腔内の病気にかかわる微生物
- 虫歯
- Streptococcus mutans など
- 歯周病
- Porphyromonas gingivalis など
- 口腔がん
- Capnocytophaga gingivalis, Prevotella melaninogenica, Streptococcus mitis が口腔がん患者での上昇が見られたという報告があります。
口腔外の病気にかかわる微生物
- 膵臓がん
- Porphyromonas gingivalis, Aggregatibacter actinomycetemcomitans がすい臓がんに関連しているという報告があります。
- 大腸がん
- Peptostreptococcus stomatis, Steprococcus anginosus, Solobacterium moorei, Streptococcus koreensis が大腸に移行し、大腸がんに関連するとの報告があります。
- 心血管疾患
- 歯周病が関連しているとの報告があります。
- 糖尿病
- 2型糖尿病に歯周病と関係があり、 Fusobacterium nucleatum, Veillonella parvula, Veillonella dispar, Eikenella corrodens が糖尿病患者で多く見られたとの報告があります。
- アルツハイマー病
- 歯周病が関連しているとの報告があります。歯周病で知られる Porphyromonas gingivalis がアルツハイマー病の患者の脳内で検出されたという報告があります。
- 関節リウマチ
- 歯周病が関連しているとの報告があります。
微生物の細胞外小胞体(Extracellular vesicles:EVs)について
- グラム陰性菌のEVs
- グラム陰性菌のEVsは外膜に由来するため、外膜小胞(OMVs: Outer-membrane vesicles)と呼ばれ、およそ10〜300 nm程のサイズと言われています。
脂質二重層からなる外膜を持つ粒子で、外膜タンパク質、ペリズラムタンパク質、細胞質タンパク質、内膜タンパク質、病原性因子、リポ多糖、リン脂質、ペプチドグリカン、核酸を含んでいると考えられ、細胞毒性、膜融合、バイオフィルムの生成、ウイルスやDNAやタンパク質の運搬等に関与していると言われています。
歯周病の原因と言われる Porphyromonas gingivalis から分泌される小胞は炎症反応を活性化するとの報告があります - グラム陽性菌のEVs
- グラム陽性菌は厚いペプチドグリカン層を持つためEVs産生の可能性は低いと考えらえ、グラム陰性菌に比べて研究が進んでいませんでしたが、2009年に黄色ブドウ球菌がEVsを生産することが報告されました。
グラム陽性菌のEVsは細胞質膜に由来するため、膜小胞(MVs: Membrane vesicles)と呼ばれ、およそ20〜400 nm程のサイズと言われています。細胞質タンパク質、膜タンパク質、リポタイコ酸、ペプチドグリカン、核酸を含んでいます。細胞間コミュニケーションや環境ストレスの解毒等に関与しています。
グラム陽性菌は20〜40 nmの細胞壁を有しており、どのようにMVsが産出されるのか不明でしたが、細胞壁が薄くなったり穴が生じた場合に産生されると予想されています。
炭疽症で知られる炭疽菌のMVは強力な毒素を持つと考えられています。 - 真菌のEVs
- 真菌のEVsは2007年にクリプトコッカス症の原因菌である Cryptococcus neoformans で報告されました。真菌のEVs産出のメカニズムは正確には分かっておらず、どのように細胞壁を通過するのか研究が進められています。
真菌のEVsにはタンパク質、脂質、核酸、多糖類、毒素、アレルゲン、色素等を含み、代謝、シグナル伝達、ストレス応答、抗真菌耐性、病因等に関与していると言われています。